Twitterと母親の思い出
Twitterと母親の思い出
もうずいぶん以前の話になりますけれど、今は亡き母親に、Twitterというものについて解説したことがあります。
お正月かお盆か忘れましたけど、実家に帰省したときに、自分のノートパソコンを開いて、母親に「これがTwitterだよ」のように教えたんだと思います。
母親は、ワープロを使うくらいはこなしていましたが、インターネットにはそれほど詳しくありませんでした。メールのやりとりをするくらいかな。そもそも当時は今のようにSNSが流行っていなかったんじゃないかな。
ともかく、私がノートパソコンを開いて、Twitterに書き込んで「こんなふうにすると、Twitterに参加している他の人がこれを読むことができて、返事をくれたりするんだよ」などと説明するわけです。フォローの説明や、リプライの説明なども多分したと思います。
母親は好奇心が強く、また賢明な人でしたから、大変興味を持って私の説明を聞いてくれました。また、Twitterのフォロワーさんが協力して意識的にリプライをつけてくれたりして、私の母親を喜ばせてくれたのを思い出します。「ほんとだ。他の人から返事がくるんだね」などと感心していました。
そんな母親の笑顔を、ふと思い出しました。
もうずいぶん以前の話になりますけれど、今は亡き母親に、Twitterというものについて解説したことがあります。
お正月かお盆か忘れましたけど、実家に帰省したときに、自分のノートパソコンを開いて、母親に「これがTwitterだよ」のように教えたんだと思います。
母親は、ワープロを使うくらいはこなしていましたが、インターネットにはそれほど詳しくありませんでした。メールのやりとりをするくらいかな。そもそも当時は今のようにSNSが流行っていなかったんじゃないかな。
ともかく、私がノートパソコンを開いて、Twitterに書き込んで「こんなふうにすると、Twitterに参加している他の人がこれを読むことができて、返事をくれたりするんだよ」などと説明するわけです。フォローの説明や、リプライの説明なども多分したと思います。
母親は好奇心が強く、また賢明な人でしたから、大変興味を持って私の説明を聞いてくれました。また、Twitterのフォロワーさんが協力して意識的にリプライをつけてくれたりして、私の母親を喜ばせてくれたのを思い出します。「ほんとだ。他の人から返事がくるんだね」などと感心していました。
そんな母親の笑顔を、ふと思い出しました。
この文章は、音声入力を利用して結城浩のマストドンに投稿したものです。