毎週のプロジェクト進捗報告に思うこと
毎週のプロジェクト進捗報告に思うこと
今日の早朝活動は、とあるプロジェクトの定期連絡メールを書いていました。毎週一回水曜日に連絡メールを送ることにしています。これは長期的な個人プロジェクトになります。
簡単な進捗報告や連絡が中心なんですが、毎週実行していると、少しずつ変化があるのが面白いです。
振り返ってみたんですが、初期の頃は、そもそも定期連絡のフォーマット自体がきちんと決まっていなくて、割と混乱していたんですが、しばらくすると連絡フォーマットが固まってきて、そしてそのフォーマットが固まるにつれて、報告内容も整理されていきます。
それは、なんというんでしょうか、最初から秩序だっているわけではなくて、プロジェクトがペースに乗ってくるのと同期しているような気がしますね。
最初は、プロジェクトがどういうものなのかよくわかってなくて、ウロウロしているんですが、だんだん「なるほど、こういうことなんだな」と理解が進むにつれて、整理が進んでいきます。
理解が進んで、整理が進むと、つまりそれはプロジェクトが軌道に乗ると、報告の形式や内容も整理されていくことになります。
何を言ってるかというと、最初から形式だけを整えようとするのは間違っていて、ちゃんと状況そのものを理解し、整理しようとすべきだということです。そしてその結果として報告内容が整理されていくのが健全な姿なのですね。
そしてこれからのことを考えると、進捗報告が整理されているのは結構なことだとして、それがマンネリにならないように、いわゆる「形骸化」しないように注意が必要ですね。
そのためには毎回、これは何のためにやっているのだったかなと原則に立ち返って考え直したり、この部分はもう無駄だからやらなくていいんじゃないかと確かめたりすることが必要だと感じます。
もちろん、現在のように、毎回の進捗報告が整理されていること自体は好ましいことです。その整理されている現状をきちんと生かして、さらにもう1歩考えを進めることができるかどうかが問われているように思います。
そういえば、先日、このプロジェクトのカバーする範囲を少し広げるようなアイディアが浮かびました。かっこつけて言えば、プロジェクトの「再定義」ともいえます。そういうアイディアが湧いてきたのは、毎週の進捗報告・定期連絡が功を奏しているのだと思います。
今日の早朝活動は、とあるプロジェクトの定期連絡メールを書いていました。毎週一回水曜日に連絡メールを送ることにしています。これは長期的な個人プロジェクトになります。
簡単な進捗報告や連絡が中心なんですが、毎週実行していると、少しずつ変化があるのが面白いです。
振り返ってみたんですが、初期の頃は、そもそも定期連絡のフォーマット自体がきちんと決まっていなくて、割と混乱していたんですが、しばらくすると連絡フォーマットが固まってきて、そしてそのフォーマットが固まるにつれて、報告内容も整理されていきます。
それは、なんというんでしょうか、最初から秩序だっているわけではなくて、プロジェクトがペースに乗ってくるのと同期しているような気がしますね。
最初は、プロジェクトがどういうものなのかよくわかってなくて、ウロウロしているんですが、だんだん「なるほど、こういうことなんだな」と理解が進むにつれて、整理が進んでいきます。
理解が進んで、整理が進むと、つまりそれはプロジェクトが軌道に乗ると、報告の形式や内容も整理されていくことになります。
何を言ってるかというと、最初から形式だけを整えようとするのは間違っていて、ちゃんと状況そのものを理解し、整理しようとすべきだということです。そしてその結果として報告内容が整理されていくのが健全な姿なのですね。
そしてこれからのことを考えると、進捗報告が整理されているのは結構なことだとして、それがマンネリにならないように、いわゆる「形骸化」しないように注意が必要ですね。
そのためには毎回、これは何のためにやっているのだったかなと原則に立ち返って考え直したり、この部分はもう無駄だからやらなくていいんじゃないかと確かめたりすることが必要だと感じます。
もちろん、現在のように、毎回の進捗報告が整理されていること自体は好ましいことです。その整理されている現状をきちんと生かして、さらにもう1歩考えを進めることができるかどうかが問われているように思います。
そういえば、先日、このプロジェクトのカバーする範囲を少し広げるようなアイディアが浮かびました。かっこつけて言えば、プロジェクトの「再定義」ともいえます。そういうアイディアが湧いてきたのは、毎週の進捗報告・定期連絡が功を奏しているのだと思います。
この文章は、音声入力を利用して結城浩のマストドンに投稿したものです。