作業の管理と、文章作成におけるグッドプラクティスの意味
作業の管理と、文章作成におけるグッドプラクティスの意味
作業の管理は難しいとよく思います。時間の管理が難しいですね。でも実際に管理しているのは時間ではなくて、自分の気持ちのような気もします。
よくあるのは、まとまった時間を確保して作業する状況です。時間がなければ作業ができないので、時間を確保するというのは大事なことですけれど、まとまった時間が確保できれば良いかというとそうもいきません。続けて同じ作業をすると飽きたり疲れたりするからです。また、何かにつっかかったときに長い時間を1つのトラブルで消費してしまうときの気持ちのダメージはむしろ大きくなります。
まとまった時間を確保した上で、意識的に細かく休憩を入れたり、複数の作業を組み合わせたりするというのができれば理想ですね。
でもなかなかそれは難しい話です。そもそも、今取り掛かっている作業が、どれだけの時間がかかれば終了するのかというのを見積もること自体難しいからです。
そうすると、何が起きるかというと、今やっている作業が1段落するまで続けるべきか、それとも時間が来たらば、その時点でバッサリと中断するのがいいかという問題になります。
これまたどちらが良いとは一概に言えません。場合によって違うからです。その都度判断する必要が出てきますね。
こうすれば絶対に良いというパターンはなかなかないのですが、比較的良い結果を生むパターンというのはいくつもあります。
「とにかく着手する」というのは悪くありません。あまり事前に考えすぎずに、まずはとにかく着手するのはグッドプラクティスですね。最近、私は「つべこべ言わずにファイルを開く」を心がけています。
「全体が固まらないときには、頭から固めていく」というのも、グッドプラクティスの1つです。全体が固まらないと感じるのは、全体をいちどに固めようとしているときによく起きます。根本の原因としては、文量が多すぎるか、あるいは自分がよく理解していないか、あるいはその両方です。頭から固めていくというのは、分割統治法の1つのあり方です。
「時間がかかって、仕方がないときには、とにかく最後まで行って着地させる」というのもグッドプラクティスです。これは、頭から固めていこうとするときに、よく起きることで、長さが長いためにいつまでたっても最後にたどりつかないという状況です。そういうときには、品質を上げて書きたいことを全て書くというのをいったんやめて、とにかく着地することを優先するのです。もちろん、品質を落とすわけにはいきませんから、必然的に分量を落とすことになります。その上で着地させてから、ここに入れるべきものは何かを考え直すということです。そして多くの場合、着地してしまうと、分量的にもそれで充分だということがままあります。
ところで思うのですけれど、この話題は現在執筆している「数学文章作法執筆編」の1つのチャプターになる話ですね。
多くの場合、3つのグッドプラクティスは相互に矛盾します。時間を優先させることと、内容を優先させること。分量を優先させることと、品質を優先させること。いずれもトレードオフの関係にあって、相互に矛盾しかねない項目となります。
そこで気がつくのは、グッドプラクティスというのは「偏りを作ること」だということです。別の言い方をすれば、自分がぶつかっている壁を乗り越えるために、意識的に偏りの方向を変えるともいえます。
あれこれ迷っているときというのは、自分でその偏りを作ることができない状態でもあります。あるいは1つの偏りに固執してしまって、そこから抜け出せない状況ともいえます。そこで「グッドプラクティス」などの名目、建前によってそこを突き破るのです。
この話は、うまくまとめて数学文章作法に結びつけたいところですね。
作業の管理は難しいとよく思います。時間の管理が難しいですね。でも実際に管理しているのは時間ではなくて、自分の気持ちのような気もします。
よくあるのは、まとまった時間を確保して作業する状況です。時間がなければ作業ができないので、時間を確保するというのは大事なことですけれど、まとまった時間が確保できれば良いかというとそうもいきません。続けて同じ作業をすると飽きたり疲れたりするからです。また、何かにつっかかったときに長い時間を1つのトラブルで消費してしまうときの気持ちのダメージはむしろ大きくなります。
まとまった時間を確保した上で、意識的に細かく休憩を入れたり、複数の作業を組み合わせたりするというのができれば理想ですね。
でもなかなかそれは難しい話です。そもそも、今取り掛かっている作業が、どれだけの時間がかかれば終了するのかというのを見積もること自体難しいからです。
そうすると、何が起きるかというと、今やっている作業が1段落するまで続けるべきか、それとも時間が来たらば、その時点でバッサリと中断するのがいいかという問題になります。
これまたどちらが良いとは一概に言えません。場合によって違うからです。その都度判断する必要が出てきますね。
こうすれば絶対に良いというパターンはなかなかないのですが、比較的良い結果を生むパターンというのはいくつもあります。
「とにかく着手する」というのは悪くありません。あまり事前に考えすぎずに、まずはとにかく着手するのはグッドプラクティスですね。最近、私は「つべこべ言わずにファイルを開く」を心がけています。
「全体が固まらないときには、頭から固めていく」というのも、グッドプラクティスの1つです。全体が固まらないと感じるのは、全体をいちどに固めようとしているときによく起きます。根本の原因としては、文量が多すぎるか、あるいは自分がよく理解していないか、あるいはその両方です。頭から固めていくというのは、分割統治法の1つのあり方です。
「時間がかかって、仕方がないときには、とにかく最後まで行って着地させる」というのもグッドプラクティスです。これは、頭から固めていこうとするときに、よく起きることで、長さが長いためにいつまでたっても最後にたどりつかないという状況です。そういうときには、品質を上げて書きたいことを全て書くというのをいったんやめて、とにかく着地することを優先するのです。もちろん、品質を落とすわけにはいきませんから、必然的に分量を落とすことになります。その上で着地させてから、ここに入れるべきものは何かを考え直すということです。そして多くの場合、着地してしまうと、分量的にもそれで充分だということがままあります。
ところで思うのですけれど、この話題は現在執筆している「数学文章作法執筆編」の1つのチャプターになる話ですね。
多くの場合、3つのグッドプラクティスは相互に矛盾します。時間を優先させることと、内容を優先させること。分量を優先させることと、品質を優先させること。いずれもトレードオフの関係にあって、相互に矛盾しかねない項目となります。
そこで気がつくのは、グッドプラクティスというのは「偏りを作ること」だということです。別の言い方をすれば、自分がぶつかっている壁を乗り越えるために、意識的に偏りの方向を変えるともいえます。
あれこれ迷っているときというのは、自分でその偏りを作ることができない状態でもあります。あるいは1つの偏りに固執してしまって、そこから抜け出せない状況ともいえます。そこで「グッドプラクティス」などの名目、建前によってそこを突き破るのです。
この話は、うまくまとめて数学文章作法に結びつけたいところですね。
この文章は、音声入力を利用して結城浩のマストドンに投稿したものです。