展望台に登ると「現在」の意味が変わる

展望台に登ると「現在」の意味が変わる

先週は特別授業の実施があったので、お休みしていましたが、毎週土曜日は「展望台に登る」と称して振り返りを行っています。改めて考えてみると、この毎週の振り返りは、自分の生活や活動を地道に改善しているように思います。

Triggerシステムの改良のこともそうですし、書籍の執筆プランや、毎日の過ごし方をどうするかという健康の話や、それから最近停滞気味のプロジェクトをどうしていくかを見直すことなど。一つ一つはどうということは無いんですけれど、定期的に自分の生活や活動に改善の手が入るのが積み重なっていくと、いつの間にかいい感じにシフトしているのがわかります。「インクリメンタルな環境改善」ですね。

定期的に振り返るというポイントと、活動を俯瞰するというポイントの2つがどちらも良い方向に働いていると思います。

定期的に振り返るというのは、具体的に1週間毎のことです。1週間ごとに自分がどんな活動をしているのかを改めて考えてみるというのは、一見冗長のようですが、そうではありません。

毎日の生活の中で、自分の活動に追われていると、なんだか何も進んでないような感じがするんですけれど、1週間ごとにチェックしてみると印象がずいぶん変わることがわかります。先週はそんなことをやっていたのかと驚くことが多いからです。意外に進んでいるところや、意外に進んでいないところ(それから忘れていること)などが見つかって良いですね。

それはいろんな意味で自分の活動を俯瞰しているといえます。次にしなければならないことだけに意識を向けているのは、もちろん仕事を進める上で大事なことなんですけれど、いったんそれを少し突き放してみることができるとまた景色が変わってきます。

今自分がこだわってる部分がほんとに重要なのかどうかという見方もできますし、逆に今いい加減に済ませているところは、実は長期的に重要な意味を持っているから、もうちょっと粘ろうと考えたり。そのように、俯瞰することによって、自分の「現在」の意味が変わってくる感覚があります。ちょっと大げさに言えば、そういうことです。

その意味でも、「展望台に登る」というのは、誠に適切な比喩であり、メタファーであると言えるでしょう。

展望台に登って、今までやってきた道を振り返るならば、道を歩いているときにこだわっていた部分はほとんど見えなくなって、自分がどんな風な道をたどってきたかの大きな流れを見ることができます。

そしてまた、展望台に登って、遥か遠くを眺めるならば、これから自分の行く道を見渡すことができます。もちろん、細かい部分は見えませんし、遠くのほうは霞がかかっているかもしれませんけれど。

いずれにしても、いつもと違う場所に立つことによって、自分の普段の生活が待っている意味を改めて考え直すことができるのです。

ここで大事なのは、私はesaを使っていますが、とにかく何らかの記録を残しておくということだと思います。端的に言えば、自分が現在考えていることはあっという間に忘れてしまうからです。これは毎週展望台に登った記録を読み返すと感じることです。

もちろん全てを忘れてしまうわけではありませんし、ひと目見るだけで「そういえばそうだった」と思い出すのですけれど、その「ひと目」を作るためにこそ、書き留めておく記録が大切なのです。

そのような毎週土曜日の「展望台に登る」というメタな活動を、私は大切にして、また大いに楽しんでいるのです。

2023-08-12 05:10:13 +0900

この文章は、音声入力を利用して結城浩のマストドンに投稿したものです。

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home